bed side story
春の夜の夢
こもった火照りにたえかねて体を伸ばし両足を布団から突き出した
熱が拡散されていく
呼吸する二枚貝ようだなと自分の姿を滑稽に思いながら
同時に蜃気楼の出自の一説に一瞬思いを巡らせる
寝返りをうってぼんやりと目をひらくと
枕元のライトにてらされて浮かび上がる彼女の姿があった
ベッドに両肘をつき灯りの当たらない薄暗がりの中にある顔からは何の感情も窺いしれない
彼女はひんやりとした両手のひらを私の頬と首にあて かすかにミントの香りのするため息をひとつつくと立ちあがり キッチンに向かう
腕まくりして足元の棚の奥から久しく使っていなかった厚手の鍋を引っ張り出し 蛇口をひねり磨きはじめた
貯蔵庫から私と同じ名の果実を取り出し鍋にあけ火にかける
大雑把が取り柄の彼女であったが しっかりアクは取っているようだった
常備してある砂糖の種類にいささか不満げな顔をしたがそれも少しずつ鍋に加えていく
こちらにも甘酸っぱいにおいがただよってきた
私の耳が聞き馴染んだはなうたをとらえたが
エプロンの下に揺れるふさふさとした尻尾は見なれなかった
とろとろと朧げな意識のなかでことこと煮詰まっていくにおいに包まれゆらゆら揺れる尻尾を眺める
蜂蜜のにおいが残る空瓶をいくつか取り出し
まだ熱い鍋の中身をヘラでそっとうつし入れ しっかりふたをしめると逆さまに置いた
その間ラベルに私の名前を書き込み瓶に貼り付ける
枕元へ戻ってきて鍋に残った金色のジャムをスプーンですくうと
ふうっと春の夜風のような息を吹きかけ私の口元に差し出す
私がそれを飲み込むと 彼女は満足した様子で
部屋の隅の暗がりに落ち着き あのやわらかそうな尾で自らを包み小さく小さく丸くなった
はなうたはまだきこえている
口から広がるほろ苦く甘い眠りに重なるように
目が覚がさめると微熱も 部屋の隅の存在も消えていて
キッチンにはジャムの小瓶が4つ
大雑把な彼女らしく種子もそのまま詰まっていた
私は 食べづらいことこの上ない と笑いながら
焼きたてのトーストにたっぷりとのせた