Feb 18, 2024



bed side story

春の夜の夢



こもった火照りにたえかねて体を伸ばし両足を布団から突き出した

熱が拡散されていく

呼吸する二枚貝ようだなと自分の姿を滑稽に思いながら 

同時に蜃気楼の出自の一説に一瞬思いを巡らせる

寝返りをうってぼんやりと目をひらくと

枕元のライトにてらされて浮かび上がる彼女の姿があった

ベッドに両肘をつき灯りの当たらない薄暗がりの中にある顔からは何の感情も窺いしれない

彼女はひんやりとした両手のひらを私の頬と首にあて かすかにミントの香りのするため息をひとつつくと立ちあがり キッチンに向かう

腕まくりして足元の棚の奥から久しく使っていなかった厚手の鍋を引っ張り出し 蛇口をひねり磨きはじめた

貯蔵庫から私と同じ名の果実を取り出し鍋にあけ火にかける

大雑把が取り柄の彼女であったが しっかりアクは取っているようだった

常備してある砂糖の種類にいささか不満げな顔をしたがそれも少しずつ鍋に加えていく

こちらにも甘酸っぱいにおいがただよってきた

私の耳が聞き馴染んだはなうたをとらえたが

エプロンの下に揺れるふさふさとした尻尾は見なれなかった

とろとろと朧げな意識のなかでことこと煮詰まっていくにおいに包まれゆらゆら揺れる尻尾を眺める

蜂蜜のにおいが残る空瓶をいくつか取り出し

まだ熱い鍋の中身をヘラでそっとうつし入れ しっかりふたをしめると逆さまに置いた

その間ラベルに私の名前を書き込み瓶に貼り付ける

枕元へ戻ってきて鍋に残った金色のジャムをスプーンですくうと

ふうっと春の夜風のような息を吹きかけ私の口元に差し出す

私がそれを飲み込むと 彼女は満足した様子で

部屋の隅の暗がりに落ち着き あのやわらかそうな尾で自らを包み小さく小さく丸くなった

はなうたはまだきこえている

口から広がるほろ苦く甘い眠りに重なるように


目が覚がさめると微熱も 部屋の隅の存在も消えていて

キッチンにはジャムの小瓶が4

大雑把な彼女らしく種子もそのまま詰まっていた

私は 食べづらいことこの上ない と笑いながら

焼きたてのトーストにたっぷりとのせた